[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」
最後に、一言、ここでできるブレイクは、ビックリするほど、大きな口をあけています。ですが、これはあまり気にしなくても大丈夫です。
これが、このシャフルの持ち味なのです。つまり、終始、動いているほうの手にあるパケットのほうのブレイクなので、手の振動で、見えないし気がつかないのです。
ですから、そのようなことを気にするよりも何よりも、シャフルのリズムと流れを常に一定に保つこと、そして、究極は、エレガンスなのです。
←
↓
@ それでは、まいります。
A 最初の1番目のランニングをして、パケットを左手に取ります。
B 2番目のパケットをランニングすると同時に、1番目の最初のパケットを、右手のひら奥へ保持してしまいます。
このとき、リズム、気配、両手の無駄な振動、が絶対出てこないようにすること。
C そのまま、ブレイクまで一気にランニングする。
Dブレイクまで来て、残り全部を左手に渡し、終了。
@ Go!!
A 最初にランニングした、パケットの次は、一枚だけカードをランニングして、それを、下側へはみ出るようにします。
これがイン ジョグです。
やりそこなったときなどは、トップを左矢印のように、左親指でジョグします。
このジョグする仕草がどうも嫌な人は、他に、方法があります。
それは、その次になる、2番目のパケットを丸ごと、下へずらしてランニングするようにしてしまうのです。(実は、私はそうしています。)
B そして、最後まで、ランニングします。
C デックより一枚ジョグしたカードがはみ出ていますので、それを押し込み入れます。
D 左、矢印の方向に親指を動かしながら、そこにブレイクをします。
E ブレイク保持したまま、ランニングを続けます。
え!え!こんなに露骨に開いてたのとビックリしないでください。
もちろん、小さければ小さいほど良いのですが、でもまるで大丈夫です。
F ブレイクのところまで来たところで、残りブレイクより下のパケットをそのまま左手へ投げ入れます。
この本も。いろんな所、あちこちで、出てきます。柴田 直光さんの大変に有名な本です。木先生の”トランプの不思議”も古いですが、これはもっと古いです。調べてびっくりしましたが、初版が昭和26年です。(1951年)そして、範はThe
Royal Road to Card Magic です。
これには、少々恐れ入っているところです。私の弟が生まれた年です。そして、この時のT.A.M.C.の会長が、かの緒方知三郎博士なのです。
そのためでしょうか、文章が古いんです。候文ではないにしろ、文語調ではないにしろ、ですがちょっと読むのが大変です。
それで、今読み比べてみますと、木先生の本のほうが、はるかに科学性に満ちているのです。
世代のちょっとした違いを、戦後の混乱期が増幅しているためでしょうか、チツトテチツトテンシャン、口上が始まる、舞台の上で、太夫が、扇を広げ物申す。というのと、事実の積み上げから、一つ一つを客観的に説明する作業をする、汗かく先生との違い、というか、私にははるかに、先生の方に好感を持つのです。
ですが、この本を見て、いまだにおやっ?!と思う方必ずいます。日本のマジック界の戦後はここから始まったのです。
りんごの歌、闇市の喧騒、カストリ雑誌の猥雑さ、それらとともに時代の息吹がこの本から漂ってくるのです。
ですから、どちらがいいと言うことではないのです。当時180円でした。蒲田の下宿から近くの婆さんが一人でやっている本屋で買ったのです。しかも当時それほど有名な本であることをまるで知らないのに偶然、手が伸びたのです。
そして、はじめて、この本によって、オーバーハンドシャフルでのコントロール法を知ったのです。
じつは、師アードナスもこれと同じ方法を冒頭で、解説しています。彼らにとっては一番わかりやすい方法なのです。
それでいて、シャフルの違いから我々にはまるで初めてと言うことになったのです。それでですが、どうも我々の世代は、このシャフルに対する認識不足からか、はたまた、やっていることがつまらないからなのか、どうもいまいち本気になれなかったのです。
そして、20年経ち、ある日のことです。知らなかったのです。オーバーハンド シャフルが美しくできるとは、まさかそのようなことが有るとは、思っても見なかったのです。 よもやあるまいと、なぜか先入観でそう決め付けていたのです。
ですから、そのモーションをみて、ショックだったのです。そして、自分が今まで、リフルシャフルにのみ傾注していたことに、ひどく反省をよぎなくされたのです。
実は、このHPを立ち上げたばかりの頃、こんな月並みなシャフルからでなく、みんなが一番知りたがっている、フォールス ディールか、派手なチェンジを、冒頭に持ってきたらどうだという、ご意見をいただいたのですが、やめました。
オーソドックスに自分もやってきたつもりです。ですから、標準どうり、シャフルから参ります。
