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Eこの一瞬、デックは前からは完全に両手で隠されてしまい、その存在さえ解らなくなってしまいます。
Fテーブルへターンオーバーする場合、見えない状態で、そのままターンする。
F左手をゆっくり返して、右手もデックをそろえるように、エンドを撫ぜながら、通常の位置へくるようにする。
G通常ポジションへ復帰。
@ ブレイクを保持している時は、こんなもんです。
間違っても、小指を入れないでください。
調子が良いと、この程度でも大丈夫です。
ほんのわずか、小指の肉を挟むだけのことです。
A ブレイクより上のパケットを右手で、下のパケットを左手で、保持して開きます。
B 左手の下のパケットが沈みこみます。
C 下のパケットが半回転して、上を仰ぎだします。
D右手、上のパケットが下のパケットの左サイドから、滑り込むように動きます。
一回目は、両手をクラシックパスのように浮かしたままで、二回目は、ターンオーバーしていますが、デックをフルターン(完全ひっくりかえし))ではなく、目立たないように、半分ひっくり返しです。
カードに接してもう40年になろうとしていますが、このときの生まれ出てくる瞬間のことは、死ぬまで忘れないのではないかと思っています。
漠然とぼんやり永年薄く考えているというのは、苦痛と解釈されると困ってしまうのですが、このようなことは何のことも無いのです。
だって、私は、家族のことは、いかなる時も、思っています。おそらく寝ている時もです。息子がバイク事故を起こした時などは、その3時間前に、息子の携帯からまったく不思議な電話が入っているのです。
息子の携帯の発信履歴には無くて、私の携帯の受信履歴にはちゃんと電話が入ったことになっているのです。それは、おかしな雑音のような聞き取れない人の声が応答も無く、スローモーションで延々と続いていたのです。
と、また脱線した。でもこれうちの家族は知っている本当の話です。思いは届くのです。ほんとうに、人間の力とはとんでもないのかもしれないのです。
こうやって、写真を並べてみると、光の角度が良くないためなのか、自分の手がずいぶん爺さんの手になっているのが、残念です。しかし、手だけは年齢を隠せないといいます。少々情けない年になりつつあるようです。
それと大事なことですが、テーブルへハーフターンして、トンとそろえる時は、フェイスが見えないように、指で極力隠すようにしてください。
つまらないことで、トラブルになってもしょうがありませんので、念のため。
近代に入ってからです。パスは人々から忘れ去られようとしていました。19世紀以前の話でしたらこれでも通ったのでしょうが、なにせ、難しすぎるのです。
師、アードナスも何点かパスを紹介していますが、なかなか今の時代に通用するものが無いのです。
クラシック パスからして大騒ぎしてもできる人物がいないのに、その他のパスはどうも付け焼刃の感じがして、うまくないのです。
ところが、ターンオーバー パスだけは例外的に、皆に認められるようになっていったのです。一名、インヴィジブル ターンオーバー パスと言います。
史上初めて、直訳で"見えない回転パス"という呼び名で、世に出てきたのです。ということは、パスは見えてしまうというのが、当時の常識だったのです。
確かに、このターンオーバー パスは名前のとうり見えないのです。それゆえに、それは、近代技法の傑作として、徐々に成長していったのです。
何が良くて皆の支持が集まったのでしょうか、それは、ある動作の中にパスを潜ませたのが、近代的でもあり、多くの人の納得が得られたのです。
さて、クラシック パスと何が違うのでしょうか、まず技術上の大きな違いを言いますと、クラシック パスは、感覚的には、ブレイクより上のパケットを、下へと回します。ところが、ターンオーバー パスは、逆に、下のパケットを上に回すのです。という言い方もできますし、これは昔の私の一つの認識です。
それよりも、最近は、クラシックパスは上のパケットを右サイドから、下へ回し、ターンオーバー パスは左サイドから下へ回す。という認識に変わっています。
ですが、この二者はムーヴメントが基本的に違っているということだけはお解りいただけたと思います。
そこで、皆が皆このパスを追っかけそうなものなのですが、どうも本気で練習をしようと思う人が少ないのか、あまり騒いでいるという声を聞きません。
実は、このパスにはちょっとした欠点があるのです。それは何かと言いますと、デックを両手で回転させながら、パスをして、最後机の上へ、トンとそろえる動作をして、置くのですが、これが少々、唐突的にオーバーアクションなのです。
ですから、ギャンブル場では無理ですし、デックを回すので、フェイスも見えてしまうのです。
上級クラスの人がやるのには心得があるので、静かに美しく動くのですが、簡単ゆえに、若い人がやると、本人だけ良くて、周りは笑っているという状態になってしまうのです。(昔は私もそうだった。ようく、自分のモーションに気を配ってください。いままで、若い人で、ターンオーバー パスを静かに丹念に大事に無駄なくやっている人を見た事が無い。エイコラショのトンとやっては駄目なのです。)
さて、どの道このオーバーアクションがどうにも私には、鼻についてしょうがないのです。
外人さんが、やる分には、華やかでもあるし、スマートかもしれないのですが、どうも日本人の我々がやると、今ひとつ様にならないのです。
20年間、薄く考えていました。クラシックパスの項で説明したように、必ずあるという予感はずっとしていたのです。クラシックパスは吉田さんに譲るとして、何かあるという思いは長く私の中に居続けたのです。
そして、ある日結論が目の前に飛び込んだのです。不思議にその日その場で自然とできたのです。それが、動画でお見せしたパスなのです。