解りやすいように、目的のカードを表向きのまま、コントロールします。
 @ ボトムコントロール
 目的のカードの下側、つまりボトム側にブレイクをします。









 A ブレイクが、左写真のように、目的のカードの下にできます。










 B ブレイクより上のパケットを全て取り、テーブルへ置きます。









 C 左手に残ったパケットの上半分を右手に取り、テーブルに置きます。










 D 最後にてもちのパケットを、テーブル上に置きます。

 @ トップコントロール
 目的のカードの上側、つまりトップ側にブレイクをします。









 A ブレイクが左写真のように、目的のカードの上にできます。










 B ブレイクより上のパケットの半分を右手で取り、テーブルへ置く。









 C 次に、ブレイクより上のパケットをテーブルへ置く。











 D 最後に手持ちのパケット全部を、テーブル上のパケットの上に乗せ、終了する。

 ここに一冊の本があります。あっちこっちの項目で頻繁に出てきます。この本は、昭和31年3月5日 初版発行 力書房刊です。
 もうかれこれ、50年前になります。えぇーーー。!!!!!  顔文字が下手で書けないのが残念です。
 実にもう半世紀になるのです。少々、驚いています。よく言われることですが、過ぎてしまえば、あっという間です。自分のことでいえば、幸せすぎたのかもしてません。(tonありがとう)
 そして、今、久しぶりに読み始めると、そうだったのかという新発見が、あちこちに出てくるのです。
 その中で、最大の発見はこの本の中の説明では、トリプル カット、と称する、このコントロール カットです。
 実は、今までこのカットの出典先が、解らなかったのです。別にあまりにも一般的でしたので、人に聞こうともしなかったのです。
 驚きました。木先生の影響力については、あちこちで述べていますが、今にして思うと、先生がいなかったとすれば、おそらく日本のマジック界は、半世紀取り残されただろうと思えてしょうがありません。
 この本は、確か先生の出された最初の単行本ではないかと思います。(違っていたら教えてください。)当時、先生はまだ若手のやり手であった時代で、奇術研究、トップマジック、日本奇術連盟会報、の主筆を務め、その他多くのクラブや同好会への寄稿や、評論を出していました。
 普通、このうちの一つをやるのも、難しいのにそれを、全部をこなしていたのです。先生の凄いのは、何といってもその語学力です。これが誰にもまねできなかったのです。
 それと、精力的なコレクション力、そして膨大量の記憶力。もうここらが常人ではないほどのパワーがあったのです。そしてそれがまたそれらしく見えないのです。
 「ロープ切りですか」と言って、十何とうりのやり方を、ササット目の前で、あたりまえのごとく、披露し、これがだれそれのやり方で、これがもともとのやり方です。という具合に、考案者から、その歴史まで、をいっきにやりとうしてしまうのです。
 アメリカでは、ヴァーノンをプロフェッサー(教授)と称して敬意を皆が払っていますが、少し違うなぁと言うのが私の感想です。ヴァーノンは、クリエーターです。木先生こそが、プロフェッサーなのです。
 面白い逸話があります。アメリカの研究者があるマジックの研究を掘り下げている時、アメリカ人の書いた、アメリカで発行したある本が絶版になっていて、アメリカ国内の有力のマジシャンから古書業者に至るまで、全てを探してもなかったのです。
 困り果てた彼が、マジックキャッスルの友人に相談したところ、「まてよ、ひょっとして」と先生のところへ問い合わせたところ、ジャジャ−ンちゃんとあったのです。
 
 

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