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今夜の番組チェック
a
b
カードの世界で、カットと言いますと、いろいろの意味があります。ですから結構これで混乱するのです。
それで、一応それぞれについて、思いつくまま説明して行こうかと思っているのです。
まず、ギャンブルやゲームで普通にカットという場合は、これがカット本来の意味になります。
英語圏で言われている有名な格言があります。「友達は大事にしろ、だがカットはしろ。」と。
それで、この場合も厳密に言いますと、カットには技術上二つのやり方と、そして二つの意味があるのです。
まず、技術上の違いを言いますと、ワンデックそっくりを、テーブル上のカットをするべき人の前に置いて、促す場合と(写真 上3枚)。デックを左手に握ったまま促す場合です。(写真 下3枚)
前記の方法の場合の注意すべき点は、カットする人間の癖を知ることです。どういうことかと言いますと、その人の前にどのように置けば、デックの縦方向につかみ上げるのか、(写真 a)。それとも横方向につかみ上げるのかを、(写真 b)。それとも他の方法かと、常に観察しているということなのです。
そして、それを一つのデーターとして記憶しておくことなのです。これは、後に明らかになる、ブリッジ(技法名です。イギリス中心で行われている種目のブリッジとは違います。)の時に役立つことになるのですが、それだけでなくたとえチーティングをしなくても、そのように気配りをするということは、その場の勝負のムードをリードしていくことになるのです。
師アードナスは、その程度の気配りはやって当然というように語っています。つまりその場をリードしていくにあたって、プロとして当然のことなのです。
次に、手に握って促す場合ですが、この場合は、デックは握られているので、カットする人は、デックの縦方向にしか手が入りません。それゆえに、その時のその場のムードにもよるのですが、なるべくなら取りやすい方向に手を返してやるのですが、それもどの程度の反応があるのか、それを見ながら行うということです。上手くすれば、人によるのですが、取りにくければカットをしない場合もありえるのです。そして、そのように誘導できる可能性についても、常に意識していることなのです。(これは、別項でも説明しますが、ヌルファイイングザカットです。)
技術的には以上です。次に二つの意味についてお話します。
えっと驚いたのが、これも木先生の古き著作”トランプの不思議”にチャンと書いてあるのです。この本についての驚きは、ダブルリフトから始まるのですが、この本一冊で、現在のこの世界のレベルならこれで全てがまかなえるのではないかと、空恐ろしい気持ちになり始めているのです。
さて、それでは始めます。まず、ギャンブルやゲームで、ディーラーがシャフルをしてから、べつに、決まりではないのですが、大体右利きの人は、自分の右隣の人にカットをしてもらうようです。
それでですが、この時、日本人には、どうもこの習慣が無かったようなので、チンプンカンプンになってしまうのですが、おおむねですが、ディーラーが、無言でデックをその人の前のテーブル上に、そっくりおいた場合、促されたカットをする人は、大体ですが、デックの適当上半分を分割し取り出し右脇へ置くだけです。
つまり、肝心なことはやったので、後のお仕事は、ディーラーさんやってということなのです。
ほかにも、今度は、左手にデックをグリップしたまま、左隣の人の前に無言で突き出せば、おおむね黙ってデックの適当上半分を取ってテーブルの上においてくれます。そこまでです。後は貴方のお仕事というわけです。
お解りでしょうか、カットとは究極これだけのことなのです。ここのところが、日本人には解らなかったのです。つまり日本語にすると二つに分けるだけです。
ところが、ここで面白いのですが、テーブル上にデックをそっくり置いて「カットして」と言葉に出してコールすると、上記の方法をやった後、ちゃんと残りの半分を、今取り上げ、そばに置いた上半分の上に置いてくれるのです。
毎回そうだとは限らないのですが、ですがおおむねそのような感じなのです。特にゲームやギャンブル以外で、例えばマジックなどで、カットしてと言葉に出して、言えばそのようにチャンと最後までやってくれるのです。
そのほかに、頼むほうがジェスチャーでどちらを頼んでいるのか解るようにすればそのようにしてくれます。
ちょっとした、ニュアンスの違いですが、これをどちらでやらせるかは、ギャンブラーにとっても、マジシャンにとっても、解りますよね。ものすごく大きな違いになるのです。
このことを、たった数行ですが、先生の本には書いてあるのです。そして、このことを書いた本とは、後にも先にも見たことが無いのです。
さて、ところが、これだけの苦労をしても、まったく残念なことに一般的には日本では、これらのことがまるで解っていないのです。下手をするとカットという言葉そのものも意味不明の場合があるのです。
今はそれでも若い方たちが、文化輸入の中で育ち、意識も高まったので、意味は理解してもらいつつあるようですが、我々の時代まるでカットは受難の時代だったのです。
ですから、私はカットを使うマジックは絶対にやりませんでした。意味のわからない人間にそれを見せても下手をすると、不思議でもなんでもないからです。
そして、英語でカットしてといえば、直ぐにやってもらえることが、日本語にすると長い長いお話しをしなければならないのです。
これは、先生の本に書いてある悲しい話です。いわく「お好きなところから分け、それをそばに置いてください。それから残りの下半分をいま分けて置いた組の上にのせてそろえてください。」・・・一字一句そのままです。そうまで言って動作の指示をしないとだれも出来なかったのです。
これでは、もうまるで悲劇です。この様な長い指示を理解するだけで、疲れてしまいます。それで、とうとう、私はカットにまつわるものは全てやらないことにしたのです。
と、カットのお話のようやくイントロ部分が終わりました。さてそれでは今度は、別の角度から大変有名な話に移ります。そもそもカットとは何なんでしょうか?
デックの配列は何通りあるかと言いますと、52の52乗です。違ったか??52の階乗でしたっけ、どちらにしろ膨大な気の遠くなるような数字になります。我々人間にとっては、使うことの無い数字で、人間の歴史をかけても無限と言ってよい数字のはずです。
さてその事実上無限大の数字の配列の中への、入り口を決定するのがカットなのです。
ちょっと抽象的なことをいったような気がしますが、でもそういうことですね。シャフルは無限大の数字の中のどれか一つの配列を決定しますが、どこから入るかは、第三者のカットしだいなのです。
そして、不思議なことにシャフルが決定したシーケンシャル(機序)は、破壊されないのです。
この特性が、カットをカットたらしめる重要な性格なのです。ディーラーがシャフルによって決定したシーケンシャル(機序)は、無限サイクルの元に常に一定になるのです。その、無限サイクルの何処に切り口を作り、そこから入ると言うのが、カットの役目なのです。
これを具体的に解りやすいように、一歩踏み込みますと、もしデック全体が、セッティングされていて、トップからボトムまでを解りやすい、等差級数か、何かの暗号順に並んでいれば、その並びはたとえカットを何回しても、まったく変わらないと言うことになるのです。
これ、仏教徒の我々のほうが、わかり易い概念です。つまりデックのトップとボトムは、最も離れた距離にありながら、カットを介すと隣りあわせと言うことになるのです。
デックを宇宙に見立てるなら、その輪廻転生を実現させるのがカットなのです。よろしいですね、カットは何回やろうが、基本的にシャフルとは違うのです。
さて、話は変わるのですが、あちらこちらで、日本ではカットの習慣と言うのはあったのだろうかと、常に疑問を投げかけました。そのあたりがどうも漠然としているのです。
そこでですが、実は今回この様にホームページを立ち上げたのも、一つにはぜひともプロのギャンブラーに参加してもらいたくて、この様に呼びかけているのです。
日本でプロと言うと、ヤクザ屋さんですが、しかしながら、最近は大学卒のヤクザもいると言うことなので、博打打の世界も様変わりの感があるようです。
イカサマ師大歓迎です。ネット上ですから正体などどうでもかまいません。ぜひお話をしてください。なんでしたら、取材に参ります。このサイトをカードフリーク達の壮大な実験場にしたいのです。
裏カジノ情報をお持ちの方も、一つ話しをしてください。わが師アードナスは、バリバリの現役のギャンブラーでした。マジックの好きなギャンブラーとはほとんど冗談ではないかと思えるほどの人物です。
そして、弟子を自称する私は、昔、マジシャンやってた、ギャンブル好きです。どなたかいませんか、日本のイカサマ師は間違いなく世界一になれると思えるのですが。