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ところで、一つ提案があるのですが、このカラー チェンジは、100年前の師、アードナスでさえ、7種類ものやり方を、発表しています。師はマジシャンではありません、ギャンブラーです。なのにそれほどこの一発芸はポピュラーなのです。
そこでですが、このカラーチェンジ専門にこれだけを、コレクションしている方はいませんか。または、これに対する知識に自身のある方はいませんか。
おそらく、これだけで、本が一冊できるのではないかと思っているぐらいなのです。そこまで行かないにしろ、博識のある方いませんか、このさい是非それを披瀝していただければ、大変なセンセーショナルを巻き起こすと思うのです。
動画にしろ、説明にしろネットで扱うのにはちょうど良いサイズなのです。どなたかやってみようとおもうかたいませんか。
私のこのページで、公表していただいてもかまいませんし、ご自分でHPを立ち上げてやっていただくのも、よろしいかなと思うのです。
もし、やってみようと思う方がいましたら、是非ご連絡ください。誰かが、残さないと、この種の芸は忘れ去られるのがオチなのです。
@ このやり方は、さんざん右の欄でくさした、逆のやり方です。
この逆のやり方で、成功している例は、余りありませんので、無意識のうちに私は、逆に気に入ったのかもしれません。
左の写真は、左手にデックを持っている状態を解りやすいように、反対側から写しています。
A 右手でフェイスをノックします。考えて見ますと、デックを普通にチャンと持っているのならば、コンコンと言う音は聞こえるかもしれませんが、このようなパシャッパシャッと言う音は聞こえないはずなのですが、まずきずきません。
B 何回かノックした後にフェイスカードを左手で写真のようにデックの下に引き込みます。
C 引き込んだカードを左手で、逆にはならないようにデックのトップへと滑り込ませます。
そして、同時に右手を返して手には何も無いことを示します。
このマジックをカラーチェンジと呼び出したのが誰なのか解りません。
日本だけなのか、そのあたりも解らないのです。デックを左手に持ち、フェイスを客に見せて、見せている状態で、フェイスを変化させるのですから、強烈なのです。
師、アードナスはこれが好きだったようです。両手のやり方、5種類と片手のやり方、2種類を、挿絵入りで解説しています。
そして、このやり方は、日本では古典とされていて、この世界の人間で、これを知らないと言うことになると、少々、何を勉強したのと言う話にまでなってしまうのです。
ですから、一度でよいから、目を通してください。“THE EXPERT AT THE CARD TABLE”は非常に多くの示唆に富んでいるのです。
このカラー チェンジを憶えるだけでも、自分のレパートリーが、広がるのを実感できると思います。
さて、私の動画で行っている方法も、誰の考案かわかりません。私達の世代の人間は誰もが知っているやり方なのですが、考案者となると、解らないのです。
で、今の若い方が見ると、意外と知らないと言うはめに陥るのですが、どうでしょうか。
鮮やか、綺麗と言うのは、常套句になってしまいましたが、でもそのとうり、綺麗なものです。
それでですが、カラーチェンジには一つの面白い特長があります。
まず、多いのは、フェイスを右手で、なぜなぜして、変化させるパターンです。これが本来のカラーチェンジですが、この場合、大体ですが、他のカードを何かの方法で、パームしてきて、それをフェイス上におき、うやうやしく、右手の何かの力で、フェイスを変えたと演技する場合が多いです。
ですから、逆は、逆とは、空の右手でフェイスをなぜて、その右手をそのまま使いその場でパームすると言うことは、ありそうでいて、やりません。
なぜか、それは取った右手にパームされたカードの処理に困るからです。
ということが、技術上のことなのですが、これを言っていいのか悪いのか解らないのですが。
マジックのセンスの良い方は、この様なことを言わなくても当たり前のように、無意識で納得していますが、そうでない方は、おおにして、この逆のパターンを見せてしまい。えっと、思ったときにつまずくと言うことになるのです。
ここの、思考過程の常識の反対を見ていれるかどうかが、それこそが、トリックの本質的な部分であると気がついて欲しいのです。
どういえばよいのでしょうか、起承転結は通常の考え方ですが、それを、逆に置き換えることが出来て、なおかつ通常の中で矛盾をきたさないようになっている、一つの論理的な帰結は、物凄く不思議なことを、出現させることができると言うことなのです。
奇跡は神の啓示です。ですがマジックは、人間にも可能なある意味とんでもないことなのです。ひょっとして、我々の存在そのものが、それに気づくよう、何かの意志で導かれているのかもしれないのです。・・とまぁ、ちょい深いこと言いました。